広い大地で農業できる!憧れの北海道移住計画

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道北の農業

人口が300万人台時代の北海道が最も景気が良かった時代だと思います。
道北と言われる旭川から稚内に至るまで、農業が営まれ人口が1万人に達する町が幾つか存在していました。
その時の農産物はジャガイモ、ビート、玉ねぎ、大根、キャベツ、麦、豆、トーキビなどの大部分が野菜でしたが多くの農家が存在していました。
今にして思えば、道北と言いながら農業以外にも林業、水産業、工業、材木工場、ビート工場、採石場などの産業があったので、野菜は地元で消費されていたのかもしれません。
他の大都市とか、東京、さらには海外へ輸出することなどは全く考えていなかった時代です。
その時代の多くの農家は、今や廃業してしまいました。

何故だろうか?
食の生活が多様化して牛肉、パンなどが占める割合が多くなり従前の農産物の需要が減ったと言われています。
それと、農業以外の産業が衰退して仕事がなく若い人はどんどんと道北を離れて道北の過疎化が進みました。
ましてや農業の担い手もいなくなりました。
そこに追い打ちを掛けるように寒冷気候により不作が続き農業の生活は厳しさを増しました。
このような負の連鎖で道北の農業は壊滅状態となってしまいました。
現在かろうじて営まれているのは酪農とそれに関わる牧草生産でしょうか?
かつての畑の多くは荒れ地と化していいます。
とてももったいないことです。
しかし、今一度、道北の地に農業を再生出来ないものか見直してみる必要があります。
とても魅力的な農業地帯となり得ると考えます。